このホームページは、ヘパリン起因性血小板減少症(Heparin-Induced Thrombocytopenia: HIT)について、知りたい方にお役立てていただけるように情報を発信しています。
ヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia、HIT)は、抗血栓薬/抗凝固剤として広く用いられているヘパリンの重大な副作用です。免疫機序を介して血小板減少や血栓塞栓症を引き起こし、適切な治療が行なわれない場合には、生命をも脅かす重篤な病態を呈します。(HITはI型とII型に分類されますが、臨床的に問題となるのがII型で、現在では通常HITは狭義でII型のみを指しています)
HIT発症の原因はヘパリン依存性の自己抗体(HIT抗体)の出現です。HIT抗体は主に血小板第4因子(PF4)とヘパリンとの複合体に対する抗体です(PF4以外にIL-8やNAP-2に対する抗体によるHITの発症例の報告もありますが稀です)。PF4あるいはヘパリンのみでは抗原性を持ちませんが、複合体を形成することによりPF4に構造変化が起き、抗原性を発揮します。この構造変化はヘパリン過剰でもPF4過剰でも起きません。
体内にヘパリンが投与されるとPF4との複合体が形成され、そのPF4に構造変化が起こります。この複合体を新生抗原と見なしてHIT抗体が産生されます。産生されたHIT抗体はPF4/ヘパリン複合体(抗原)と免疫複合体を形成します。形成された免疫複合体は血小板膜上のFcγIIA受容体に結合して血小板を活性化します。活性化された血小板からは、さらにPF4が放出されて一連の免疫反応が促進されるとともに、凝固促進因子であるマイクロパーティクルが放出されトロンビン産生が促進されます。また、この免疫複合体は単球にも作用して組織因子を発現させます。一方、内皮細胞上では、ヘパラン硫酸とPF4の複合体を抗原としてHIT抗体との免疫複合体が形成されて内皮細胞が活性化されます。活性化された内皮細胞上では組織因子が発現してトロンビンが産生されます。このようにトロンビンが過剰に産生されるのがHITの特徴で「トロンビンの嵐」とも称されています。従って、過剰に産生されたトロンビンをどのように処理するかが治療のポイントとなります。
HITの発症頻度は、ヘパリン使用患者の0.5〜5%で、基礎疾患や治療法によって異なります。内科的治療よりも外科的治療で、低分子ヘパリンよりも未分画ヘパリンで(未分画で約10倍発症リスクが高い)、男性より女性で発症頻度は高く、また、投与期間の長さやBMI
(body mass index) も影響すると言われています。
HITの発症様式には、通常発症型(typical-onset、約70%)、急速発症型 (rapid-onset、約30%)、遅延発症型 (delayed-onset、稀)、自然発生型(spontaneous-onset、稀)などがあります。
通常発症型:ヘパリン投与開始後5〜14日目に発症し、血小板数はヘパリン投与前の30-50%以上の減少を認め、時として深部静脈血栓や心筋梗塞などの動静脈血栓症を合併します。
急速発症型:ヘパリン投与開始後数分から24時間以内に発症し、急激な血小板減少と全身反応(戦慄、発熱、高血圧、呼吸困難、胸痛、悪心、嘔吐など)を起こします。これは以前にヘパリン治療を受けたことがあり、その時に産生されたHIT抗体が消失する前に再びヘパリンが使用されたためです。
遅延発症型:ヘパリンを中止してしばらく(5日〜数週間)してから発症します。HIT抗体価が高く重症化することも少なくありません。最近では入院日数が短縮する傾向にあり、退院後にHITを発症する場合があるので注意が必要です。
自然発生型:ヘパリン投与歴がないにもかかわらず、ヘパリン投与直後の血小板減少でHITを発症します。これは生体内に存在するヘパリン様物質(ヘパラン硫酸など)、あるいは陰性荷電をもつ微生物や核酸などがPF4と複合体を形成し、これを抗原としてHIT抗体が産生されるためと考えられています。
HIT診断のポイントは、ヘパリン投与中で(または投与歴があり)血小板減少がある、あるいは血栓の新発生や増悪があるといった臨床的所見とHIT抗体の検出です。
臨床的診断
血小板数は,ヘパリン投与開始4日以内に減少することは稀で、一般に5日目以降(5〜14日)に(ヘパリン投与前値の30~50%以上)減少します。そして他に血小板を減少させる原因がない場合、臨床的にHITが疑われます。また、ヘパリン治療中に動静脈血栓症の新たな発生あるいは血栓の増悪がある場合には、血小板減少が上記の基準を満たしていなくてもHITとみなして対応する必要があります。
迅速な臨床診断を行うためにスコアリング法が導入されています。最もよく用いられているのが4T’sスコアリングシステムです。本法では、(1) 血小板減少の程度、(2) 血栓合併の有無、(3)血小板減少までの日数、(4)他に血小板を減少させる原因の有無の4項目をスコア化し、それらの合計点数が0〜3点を低、4、5点を中、6〜8点を高としてHITの可能性を3段階に分類しています。低スコアではHITである確率は0〜3%とされ、ほぼHITを否定することができます。高スコアではHITである確率は80%以上とされていますが、中スコア以上の症例では血清学的診断(HIT抗体検査)を組み合わせて診断することが、過剰診断を防ぐ上でも重要であると考えられています。
血清学的診断
HIT抗体の検出方法としては、免疫学的測定法と機能的測定法とがあります。前者は抗体の蛋白量を測定し、後者は血小板活性化能を測定します。機能的測定法としては14C-セロトニン放出試験(SRA)、血小板凝集試験(PAT、HIPA)、マイクロパーティクル試験などがあります。免疫学的測定法としては、酵素免疫測定法(ELISA)、化学発光免疫測定法、ラテックス免疫比濁法、イムノクロマト法などがあります。本邦では化学発光免疫測定法、ラテックス免疫比濁法、イムノクロマト法を用いた試薬が保険適応となっています。
免疫学的測定法はHIT抗体に対する感度が高く、陰性であればHITがほぼ否定できますが、特異度が低いため、陽性であるからといってHITと診断することはできません。一方、機能的測定法はHITに対する特異度が高く、陽性であればほぼHITと診断できます。特に高い精度管理の基に実施されたSRAは、感度も高く優れたHIT抗体検出法とされていますが、世界的に見ても実施できる施設は限られています(本邦ではRIを用いるため実施されていません)。本来、免疫学的測定法と機能的測定法の両方の結果から血清学的診断をすることが望ましいのですが、難しいのが現状です。
では、現状で出来ることは?
免疫学的測定法でHIT抗体値が高いほどHITの可能性が高い患者が多いことが報告されています。したがって、抗体値を詳細に検討すること、また血小板活性化能をもつIgGのみを測定することが、免疫学的測定法による診断精度をあげる方法と考えられます。機能的測定法は、SRAに代わる方法として、RIを用いないマイクロパーティクル法があります。
臨床的にHITが強く疑われた患者でのHIT治療のポイントは、@ ヘパリンを直ちに中止して抗体産生を中断すること、A抗トロンビン剤により過剰に産生されたトロンビンを処理することです。
ヘパリンを中止する場合、治療に用いられているヘパリン(低分子ヘパリンも含む)のみならず、動静脈ライン確保のための微量のヘパリン投与、ヘパリンロック、ヘパリンコーティングカテーテルなど、すべてのヘパリン使用を中止する必要があります。一方、ヘパリン中止だけでは生体内に過剰に産生されたトロンビンを処理することができず、ヘパリン中止後30日以内に約50%の患者で血栓症を合併することが報告されています。HITでは、過剰に産生されたトロンビンをいかに迅速に処理するかが治療の大きなポイントとなります。したがって,臨床的にHITが強く疑われた場合には,HIT抗体検査の結果を待つことなく、できるだけ早くヘパリン以外の抗トロンビン剤の投与を開始することが必要となります。
抗トロンビン剤:アルガトロバンの投与量は、本邦では出血の副作用を避けるため米国の投与量に比べかなり低い用量(約1/3)で設定されています。HIT患者の血栓治療の場合は、0.7μg/kg/min(肝機能障害者などでは0.2μg/kg/min)で点滴静注を開始し、aPTTを指標として投与前値の1.5倍〜3.0倍(ただし100秒以下)になるように投与量を調整します。また、出血のリスクのある患者では、aPTTが投与前値の1.5倍〜2.0倍になるようにします。
HIT患者の経皮的冠インターベンション(PCI)施行時には、0.1 mg/kgを静脈内投与し、6μg/kg/minを静脈内持続投与します。術後抗凝固療法の継続が必要な場合は、0.7μg/kg/minで投与し、aPTTを指標として投与量を調整します。
HIT患者の体外循環(血液透析)時の凝固防止の場合は、体外循環開始時に10 mgを回路内に投与し、開始後は維持量として25 mg/h (7μg/kg/min)で開始し、凝固時間の延長、回路内凝血(残血)、透析効率および透析終了時の止血状況などを指標に増減します(5〜40 mg/h)。
人工心肺を用いる手術が必要となったHIT既往患者では、可能な限りHIT抗体が陰性化するまで待機し、人工心肺中はヘパリンを用いて手術を行い、離脱後はヘパリンを直ちに中止し、術後に抗凝固が必要であればアルガトロバンを投与する方法が勧められています。一方、PCIが必要となったHIT既往患者では、その後の心臓手術が必要となる可能性を考慮し、アルガトロバンで抗凝固することが勧められています。
HIT既往患者におけるヘパリン再投与に関しては、HITを再燃したという報告もあり、今後さらなるエビデンスの集積が必要と考えられています。
(KW & KN)
詳細については、日本血栓止血学会の「ヘパリン起因性血小板減少症の診断・治療ガイドライン」をご参照ください。